前期2024年2月27日(火)〜2024年4月14日(日)
後期2024年4月16日(火)〜2024年6月2日(日)
松岡美術館(東京都港区白金台5-12-6)にて、「日本の山海」を2024年2月27日(火)より6月2日(日)まで開催いたします。古くから山や海は信仰の対象とされ、身近で特別な存在であり、また芸術家たちにとっては、自然の造形は恰好の題材であり、多種多様な作品が生み出されてきました。本展では、日本の山と海を描いた作品を、日本の画家による絵画作品からご紹介します。また、会期中は「アジアのうつわ」を同時開催、および通年企画として「古代エジプトの美術 平穏と幸せへの願い」を開催いたします。
展覧会概要
四方を海に囲まれ、豊かな山林を有する日本の自然は、私たちの暮らしに恵みをもたらす一方で、時に猛威を振るってきました。そんな関係から、古くから山や海は信仰の対象とされ、身近で特別な存在です。また、芸術家たちにとって、自然の造形は恰好の題材であり、多種多様な作品が生み出されました。今回は日本の画家による絵画作品から、日本の山と海を描いた作品をご紹介します。
日本人画家が描いた日本の山と海の絵を志賀重昴の流麗な文章とともに紹介
近代化が進んだ明治時代には現代の登山スタイル、いわゆる西洋式登山が輸入され、信仰や生活のためではなく、調査研究やレジャーとして山に登る人が出てきました。さらに、清次郎が生まれた1894年には志賀重昂による『日本風景論』が出版されます。本書はベストセラーとなり、日本人の景観意識に変革が起こり、芸術家にも影響を与えました。本展では清次郎が自然に見出した美しさにも、志賀の影響があるのではないかという仮説のもと、日本の画家による絵画作品から日本の山と海を描いた作品を志賀の流麗な文章とともに紹介します。日本人が描く日本の自然美をごゆっくりお愉しみください。
トピックス
日本一の名峰 富士の絵をたどる
富士山は言わずと知れた日本最高峰の名山です。志賀重昴が『日本風景論』で「『名山』中の最『名山』を富士山となす」と表し、日本のシンボルとして規定したのが富士山でした。もちろん富士山は明治時代以前にも古来より霊山として崇敬をあつめ、和歌や物語でも扱われるなど、名山として認識されていました。平安時代を起点に多くの画家が富士山を描いています。ただし、「富士山が日本一の名山である」という認識は明治以前にはなかったもので、日本=富士山という図式はこのころから始まりました。
富士山を日本一の名山として中心に据え、日本の国土をたたえる志賀の論調は、その後、学校教育の教科書にとりこまれて、国民のあいだに広く深く浸透していきます。富士山は近代において、宗教的な崇敬対象に加え、大日本帝国の国威発揚のシンボルとしての役目を帯び、絵画、デザイン、歌など、様々なものに表されました。
第二次世界大戦後には、日本が神国から平和主義国へ変貌したのに伴い、富士山も神国日本の象徴から離れ、平和の象徴や日本人の心の拠りどころへと変化します。また、戦後の画家たちにとっては、既成概念を崩し独自の芸術を立脚させるために登攀せねばならぬ日本一の山として、今も山岳絵画の中心にそびえ立っています。今回の展示では、狩野常信、橋本雅邦、下村観山、横山操、小松均などによる、江戸時代から昭和時代にかけて描かれた9点の富士の絵を展観します。
「西の栖鳳、東の廣業」による近代日本の海景画
近代日本画の双璧として、竹内栖鳳と横山大観を並び立て「西の栖鳳、東の大観」と呼びますが、寺崎廣業も「西の栖鳳、東の廣業」という表現がなされる程、当時の日本画壇を牽引し日本画の近代化に貢献した存在です。今回の展示では、栖鳳が描いた一幅の海景画と廣業が描いた独自の浜松図屏風をご覧いただけます。
栖鳳は日本画の近代化を目指し、日本の伝統的な絵画表現と西洋美術の表現を旺盛に取り入れ実験を重ねた画家でした。《晴海》を見ると、描き込まれているモティーフの数は少なく、かつ抽象化され、伝統的な省筆の理論に則った栖鳳なりの流儀が感じられます。さらに、栖鳳は木々や舟、苫屋をバランス良く画面に再配置し、くっきりと引かれた地平線と霞む水平線の対比により、奥行きのある空間に仕上げ、新しい風景表現を生み出しました。淡彩により際立つ青空のような群青の海と、象徴的に配された松林や苫屋が日本人の郷愁を誘う海景画です。
廣業は様々な画派の技法を折衷し、写生を重視しつつ、自身の目で捉えた自然の印象を反映させた新たな風景画を模索しました。右隻は、青松の向こうに白帆をたてた幾艘の船が浮かぶ春海を望み、左隻は、様式化された白雪を被る松林の浜辺に引き上げられた舟を配しています。浜辺の松林を描く図は「浜松図」とよばれる伝統的な画題で、古くは鎌倉時代の絵巻にみられ、室町時代に好まれて多く描かれました。廣業はこの「浜松図」を松の下部、特に地上に露出した太い根をクローズアップした構図で描いています。このような状態の松は「根上がり松」と呼ばれ、商売繁盛の縁起物とされます。廣業がこの時期に力を入れていた写生と装飾性が調和した風景画の優品です。
後期2024年4月16日(火)〜2024年6月2日(日)
松岡美術館(東京都港区白金台5-12-6)にて、「日本の山海」を2024年2月27日(火)より6月2日(日)まで開催いたします。古くから山や海は信仰の対象とされ、身近で特別な存在であり、また芸術家たちにとっては、自然の造形は恰好の題材であり、多種多様な作品が生み出されてきました。本展では、日本の山と海を描いた作品を、日本の画家による絵画作品からご紹介します。また、会期中は「アジアのうつわ」を同時開催、および通年企画として「古代エジプトの美術 平穏と幸せへの願い」を開催いたします。
展覧会概要
四方を海に囲まれ、豊かな山林を有する日本の自然は、私たちの暮らしに恵みをもたらす一方で、時に猛威を振るってきました。そんな関係から、古くから山や海は信仰の対象とされ、身近で特別な存在です。また、芸術家たちにとって、自然の造形は恰好の題材であり、多種多様な作品が生み出されました。今回は日本の画家による絵画作品から、日本の山と海を描いた作品をご紹介します。
日本人画家が描いた日本の山と海の絵を志賀重昴の流麗な文章とともに紹介
近代化が進んだ明治時代には現代の登山スタイル、いわゆる西洋式登山が輸入され、信仰や生活のためではなく、調査研究やレジャーとして山に登る人が出てきました。さらに、清次郎が生まれた1894年には志賀重昂による『日本風景論』が出版されます。本書はベストセラーとなり、日本人の景観意識に変革が起こり、芸術家にも影響を与えました。本展では清次郎が自然に見出した美しさにも、志賀の影響があるのではないかという仮説のもと、日本の画家による絵画作品から日本の山と海を描いた作品を志賀の流麗な文章とともに紹介します。日本人が描く日本の自然美をごゆっくりお愉しみください。
トピックス
日本一の名峰 富士の絵をたどる
富士山は言わずと知れた日本最高峰の名山です。志賀重昴が『日本風景論』で「『名山』中の最『名山』を富士山となす」と表し、日本のシンボルとして規定したのが富士山でした。もちろん富士山は明治時代以前にも古来より霊山として崇敬をあつめ、和歌や物語でも扱われるなど、名山として認識されていました。平安時代を起点に多くの画家が富士山を描いています。ただし、「富士山が日本一の名山である」という認識は明治以前にはなかったもので、日本=富士山という図式はこのころから始まりました。
富士山を日本一の名山として中心に据え、日本の国土をたたえる志賀の論調は、その後、学校教育の教科書にとりこまれて、国民のあいだに広く深く浸透していきます。富士山は近代において、宗教的な崇敬対象に加え、大日本帝国の国威発揚のシンボルとしての役目を帯び、絵画、デザイン、歌など、様々なものに表されました。
第二次世界大戦後には、日本が神国から平和主義国へ変貌したのに伴い、富士山も神国日本の象徴から離れ、平和の象徴や日本人の心の拠りどころへと変化します。また、戦後の画家たちにとっては、既成概念を崩し独自の芸術を立脚させるために登攀せねばならぬ日本一の山として、今も山岳絵画の中心にそびえ立っています。今回の展示では、狩野常信、橋本雅邦、下村観山、横山操、小松均などによる、江戸時代から昭和時代にかけて描かれた9点の富士の絵を展観します。
「西の栖鳳、東の廣業」による近代日本の海景画
近代日本画の双璧として、竹内栖鳳と横山大観を並び立て「西の栖鳳、東の大観」と呼びますが、寺崎廣業も「西の栖鳳、東の廣業」という表現がなされる程、当時の日本画壇を牽引し日本画の近代化に貢献した存在です。今回の展示では、栖鳳が描いた一幅の海景画と廣業が描いた独自の浜松図屏風をご覧いただけます。
栖鳳は日本画の近代化を目指し、日本の伝統的な絵画表現と西洋美術の表現を旺盛に取り入れ実験を重ねた画家でした。《晴海》を見ると、描き込まれているモティーフの数は少なく、かつ抽象化され、伝統的な省筆の理論に則った栖鳳なりの流儀が感じられます。さらに、栖鳳は木々や舟、苫屋をバランス良く画面に再配置し、くっきりと引かれた地平線と霞む水平線の対比により、奥行きのある空間に仕上げ、新しい風景表現を生み出しました。淡彩により際立つ青空のような群青の海と、象徴的に配された松林や苫屋が日本人の郷愁を誘う海景画です。
廣業は様々な画派の技法を折衷し、写生を重視しつつ、自身の目で捉えた自然の印象を反映させた新たな風景画を模索しました。右隻は、青松の向こうに白帆をたてた幾艘の船が浮かぶ春海を望み、左隻は、様式化された白雪を被る松林の浜辺に引き上げられた舟を配しています。浜辺の松林を描く図は「浜松図」とよばれる伝統的な画題で、古くは鎌倉時代の絵巻にみられ、室町時代に好まれて多く描かれました。廣業はこの「浜松図」を松の下部、特に地上に露出した太い根をクローズアップした構図で描いています。このような状態の松は「根上がり松」と呼ばれ、商売繁盛の縁起物とされます。廣業がこの時期に力を入れていた写生と装飾性が調和した風景画の優品です。
作家・出演者 | 横山操, 竹内栖鳳, 狩野常信, 橋本雅邦, 下村観山, 寺崎廣業, 山下新太郎, 酒井抱一, 横山大観, 斉藤惇, 池上秀畝 |
会場 | 松岡美術館 (Matsuoka Museum of Art, 마츠오카 미술관, 松冈美术馆) |
住所 | 108-0071 東京都港区白金台5-12-6 |
アクセス | 白金台駅(東京メトロ南北線, 都営地下鉄三田線)1番出口 徒歩7分 目黒駅(JR, 東急電鉄)東口 徒歩15分 |
会期 | 2024/02/27(火) - 06/02(日) |
時間 | 10:00-17:00 ※第一金曜日のみ10:00-19:00 ※入館は閉館の30分前まで |
休み | 月曜日、4/30(火)、5/7(火) ※ただし、4/29(月)、5/6(月)は開館 |
観覧料 | 一般 1,200円 25歳以下 500円 高校生以下 無料 障がい者手帳をお持ちの方 無料 |
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