Padograph Icon

project N 90 山口由葉

東京オペラシティ アートギャラリー

2023/04/15(土) - 06/18(日)

MAP
SHARE
Facebook share button
プロセスの結果の絵画 山口由葉の実践
描いているモチーフに意味はない、と言う山口由葉にとって、もっとも大切にしているのはプロセスである。一手入れるごとにそれに反応したもう一手、というように、ひたすら純粋にプロセスを重視し、絵にはそれ以外の情報はないと言う。
とはいえ、鑑賞する側にとって山口の絵画には、町中や道路、水辺と思しき風景が見えるし、作品のタイトルは《高速道路》《バスの中からの月》といったようにきわめて具体的である。実際、山口はバスの中などの移動中、窓の外に流れていく景色を常にスケッチしていて、一瞬で過ぎてしまう風景を見ては覚え、描く、を繰り返す。たいていは数秒の印象のみ、忘れてしまって手が止まったときがスケッチの終わりで、その風景をそのまま絵画にするために描いている訳ではないと言う。しかしこれがキャンバスに向かったときのきっかけとなる。スケッチを見直して、あの数秒の印象のフラッシュバックともいうべきものを得たならばタブローにとりかかる。キャンバスの上の最初の一手のため、それがスケッチの役割である。
タブローにおいて重要なのは、当然見た風景を正確に思い出して再現することではない。一瞬の印象から始まった一筆とじっくり向き合い、それに呼応して次の一手を描き入れる。その繰り返しである。制作の方法を語る際、山口はこうも言った。プロセスを見てほしいのだ、と。一つの選択に応じて次の選択をする、最初の選択がなければ、次の一手は別のものになっていて、目の前の絵画はこのようには出来上がらなかった。工程にこそ意味があり、始めにピンクの線を引いたからこそ青の面が生まれたのであって、もしピンクが黄色だったらこの青は出てこなかった。不可能かもしれないが、できることならばその過程を鑑賞者に体験してほしいのだ、と。
これを聞いて、二つの疑問が沸き上がってきた。第一に、およそ絵画とはすべからく選択した結果ではないのか。作者の選択を意図的に排して偶然性を採り入れた作品ですら、その偶然を引き受ける選択を作者は行っている。選択を免れる絵画がないとすれば、山口はなぜこの自明さをこうも重視し、強調するのだろうか。第二に、スケッチした風景を再現することが目的ではないといいつつ、完成した山口の作品には風景を思わせる具象的なモチーフが散見される。山口のキャンバスの上の一筆ごとのやりとりの結果は具象の要素を残していて、抽象画ではない。目にした風景、あるいはその印象自体を絵画化したいわけではない山口にとって、やりとりは「絵画空間のなかの出来事」だとして、「印象のフラッシュバック」あるいは「あのとき見た風景の記憶」はここでは関与しないのだろうか。

これらを念頭に、もう一度山口の絵画に向き合ってみる。《たくさんのトンビ》では、ストロークは大胆ながら筆数は極端に少なく、空と鳥、大地は同心円を形づくっている。鑑賞者の視点は描かれた個々の筆跡を追いながらも、円の中心である空隙に否応なく導かれる。構造的ともいえる全体像は「最初の一筆」の時点で予定した訳ではなく、画面の上の一筆ごとのやりとりのなかで次第に形づくられるという。モチーフはこのとき、意味をもたない。《遮音壁》では、山口の作品に頻出する絵筆を左右に動かした線とも面ともとれるジグザグと、その展開である波打つ線の層、それぞれのタッチの違いによって、矩形のパネルの集合は動きや時間の流れといった感覚を見る者に覚えさせる。これもまた、はじめから描き方や全体像を決めて取りかかったのではなく、こうした感覚を意図した訳でもなく、一手ごとに呼応した画面の上でのプロセスの末に表出されたものである。 「選択のプロセス」の重視は、絵画の長い歴史を振り返るとことさら新しい問題ではないだろう。しかし、それは画面上の一筆ごとのやりとり、すなわち「絵画空間のなかの出来事」をつくることへの真摯な自覚であり、プロセスとは「あのときの印象」を端緒になににも囚われない絵画をつくるための試行錯誤だと考えると、山口の実践と言葉は矛盾することなく結びついているのだろう。


山口由葉 Yamaguchi Yuiha
1992
愛知県生まれ
2016
名古屋造形大学造形学科造形学部洋画コース卒業
2018
名古屋造形大学造形研究科修士課程造形専攻修了
2020
東京藝術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻油画修了
個展
2023
TAKU SOMETANI GALLERY,東京
2021
「四角い宇宙」,TAKU SOMETANI GALLERY,東京
2021
「絵 雨の雫」,Gallery Valeur,名古屋
2020
「私の近所の絵」,Art Space & Cafe Barrack,愛知
主なグループ展
2022
「Valerur」,Gallery Valeur,愛知
2022
「ON PAPER」,TAKU SOMETANI GALLERY,東京
2020
「流れて描く」,アートラボあいち、愛知
2020
「アートアワードトーキョー丸ノ内2020」,行幸地下ギャラリー,東京
2020
「第68回東京藝術大学卒業・修了作品展」,東京藝術大学上野校地、東京
2019
「CAF賞2019入選作品展覧会」,代官山ヒルサイドフォーラム,東京
2018
「第14回名古屋造形大学大学院修了展」,名古屋造形大学、愛知
受賞
2020
アートアワードトーキョー丸ノ内2020 野口玲一賞
2019
CAF賞2019 白石正美賞
レジデンス
2018
香港バプテスト大学(8月〜10月)

出典

作家・出演者山口由葉
会場東京オペラシティ アートギャラリーとうきょう おぺら してぃ あーと ぎゃらりー (Tokyo Opera City Art Gallery)
住所
163-1403
東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー 3F
アクセス
初台駅(京王新線)東口 徒歩5分
会期2023/04/15(土) - 06/18(日)
時間11:00-19:00
※入場は18:30まで
休み月曜日(ただし5月1日は開館)
観覧料企画展(収蔵品展・project Nの入場料を含む)
一般 1,200円
大・高生 800円
中学生以下 無料
SNS
    ウェブサイト